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院長コラム

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私がこの地に開院した理由 その2 信じるか信じないかはあなた次第です。。。

私が、医者になりたいと思ったのは、小学校の頃に学研のひみつシリーズの「からだのひみつ」を読んだのがきっかけです。
とても興味を持って、豆知識に書かれている事まで覚えた記憶があります。


その後、手塚治虫さんの「ブラックジャック」を読んで、外科医になりたいと思い始めたので、小学校の卒業アルバムには将来の夢は「外科医」と書いています。



ではあるのですが、中学校、高等学校と格別進学校でもない近くの学校へ通学しました。

中学校でのクラス対抗の合唱大会の時に同級生がギターで弾いた「22歳の別れ」がとてもカッコよかったので、高校ではギター部に入部してギターを練習したくなり、高校は広島県立高陽高校に行くことにしました。

今考えると、「22歳の別れ」はそれほど難しい曲ではないのですが、この曲を聴いてギターが弾きたくなりたいが為に、高陽高校に行くことになったという事も意味があったのかもしれないと思えてきます。

高陽高校は恵下山遺跡に近接し、学校裏には実家も含めて氏神様である「真亀山神社」もあります。

自宅からは歩いても10分程度の距離ですので、じっくりギターの練習をするには良いかと思い選んだという経緯がありました。




高校生活でギターばかり弾いていたので、卒業後はギターの道を進みたいと考えていたのですが、2年生最後の3者懇談の際に、「残り1年間を勉強もせずに過ごすのは良くない」と言われた事もあり、「じゃあ、元から夢でもあったので医学部に行きます」と答えました。

結果的には、現役で合格は出来ず、1年間浪人する事にはなりましたが、何とか徳島大学医学部に合格する事が出来ました。

小学生の頃から医者になるという夢を持っていた事もあり、「自分は医者になる為に生まれてきた」という思いがずっとあったのですが、その後これまでの人生も、岐路に来ると自分の進む道が目の前に現れてくるという事が何度かあり、何かに導かれている様な感覚を持ち続けてきました。

なぜこの様な話をするのか、開院と何の関係があるのかはわからないかとは思いますが、今後の話に欠かせないコンテンツが含まれていますので、最後までお読みいただければと思います。 

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